Diary of Kamitsuki Rainy

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 

web拍手 by FC2
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
 山の端(は)の向こうに浮かぶ満月が、田園に一本伸びる畦道を滔々と照らしていた。

 鉄塔を背に、僕たちは並んで歩いた。昨夜の雨で土はぬかるみ買ったばかりのスニーカーを汚したが、小春さんと歩いている時に気を遣う余裕などない。というより、泥が小春さんのローファーを汚してしまっている方が気になって仕方が無かった。

 自転車のホイールが再びカラカラと鳴り響く。


「いつも不思議に思っていたの。あなたはいつだって自転車を押して歩いているけれど、どうして乗らないのだろうって」


「小春さんに合わせて歩いているからじゃないか」と言い返そうとしたけれど、その解答が、その質問があまりにも野暮なものに思えて、僕は少し膨れた。


「……小春さんが後ろに乗ってくれるなら、わざわざ手で押す必要もなくなります」

「それは嫌。あなたは頼りなさそうだから」


 あまりに正直に言うものだから、少なからずムッとした。「小春さんの方こそ、今にも消えてしまいそうじゃないか」と言い返そうとしたけれど、やはりそれはあまりに不躾のように思えて、やはり僕は黙ったままだった。


「ね。あなたさっき私の下着を見たと言っていたけれど、あれは何色と答えようとしたの?」

「え。いえ、別に何も」

「嘘。何か言おうとした。あの時は早とちりで言葉を遮ってしまったのかも知れない。考えてみれば最後まで聞いてなかったわ。今更になって気になるの。教えて」


 鈴虫のか細い音が聞こえた。満月を正面に歩く僕たちは、まるで月に向かって歩いているみたいだった。

 僕は、正直言って小春さんの下着の色を本当に知っていた。なぜなら、今日は風の強い日だったから。紺瑠璃のスカートが風に捲れて、一瞬だけ見えた下着の色は。


「しっ、しましまの……──」

「せいかい」


 不意に石鹸の香りがして、なびく黒髪が僕の視線を揺らした。正面に回った小春さんの唇が、僕の口元に触れる。

 呼吸が止まった。

 月明かりが遮られ、鈴虫は歌うのをやめた。それは一瞬のようだったけれど、僕の心臓もやはり動きを止めてしまい、その刹那はうんと長く感じた。


「ごめんなさい。これ、本当はファーストキスじゃないの」

「……どうりで──」


 凝結したままの僕は辛うじて言葉を発し、続きを言おうか言うまいか一瞬悩んだ。しかしもう脳が弾けてしまっていたため、ええい、言ってしまえという自制の利かない衝動が走る。


「──妙にエロいなと、思いました」

「でしょ」


 驚く僕を置いてけぼりにして、小春さんはにんまりと悪戯っ子のように笑った。月光が彼女の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。

 その微笑みは何だかとても暖かくて、まるで冬の寒い日を照らす春の日差しのようだと、そう思った。





 

web拍手 by FC2
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。