Diary of Kamitsuki Rainy

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「ね。〝小春日和〟ってどの季節を指すのか、知ってる?」


 風の強い日だった。僕の手押す自転車の後輪がカラカラと、乾いた音を立てていた。
 前方を歩く小春さんは真っ直ぐ前を向いたまま呟く。僕に彼女の表情は見えない。


「春って付いてるくらいだから、やっぱ春?」


 答えると、小春さんは静かに黒く長い髪を揺らした。


「はずれ。小春日和の〝小春〟は陰暦の十月、神無月の異名。つまりあれは、冬の季語だったのよ」

「へえ。紛らわしいですね」


 両脇に広がる田園の真ん中。昨夜の雨にぬかるむ畦道を、僕たちはゆっくりと歩いた。
 カラカラカラ。自転車のホイールは鳴り続ける。

 雲ひとつない透き通った空には電線が伸びていて、それを辿った先に、僕の秘密基地はある。



×   ×   ×



 錆びた鉄塔を見上げ、小春さんは小さく頷いた。


「真下から見上げるのは初めて。意外と大きいのね」


 その口元が僅かに緩んだ気がして、僕は少しだけ嬉しくなった。
 風は冷たかったけれど、茜色の日差しは優しく、ふんわりと僕たちを照らしていた。隣に並ぶ小春さんに目をやる。彼女は漫然と鉄塔を見上げたまま、何かを考えているように屹立していた。
「登らないんですか?」と、無神経な僕は尋ねてしまう。

「私も最近知ったの」と、小春さんは辻褄の合わない答えを返した。いつだって彼女は、突然話し始めるんだ。


「〝小春日和〟って春のことだと思ってた。春が来るたびに私の季節が来たって、はしゃいでたの。馬鹿みたいに」


 風が吹いて、彼女の紺瑠璃色のスカートが揺れた。艶やかな黒髪に学生服は不釣合いのように見える。小春さんにおいては。
 沈みゆく夕焼けが彼女の白い肌を際立たせるから、僕は緊張してしまう。


「愕然としたわ。この名前を嫌悪した。名前をつけた、顔も見たことのない父を。娘には名前の意味も教えるべきよ。消えるなら教えて消えるべきだわ」


 何て返すべきか悩んだ。何て返せば、小春さんは笑ってくれるのか。


「でも、いい名前だと思います」


 スカスカの引き出しを漁って取り繕った僕の言葉を、小春さんはあっけなく否定した。


「小春。〝春みたいに暖かい日差し〟って意味だって。傷ついたわ。すごく、傷ついたの」


 彼女がうつむいてしまうと、その長い髪が表情を隠してしまって、僕は益々混乱してしまう。


「そんなこと──」

「なんか、」


 僕の言葉を遮ぎって、彼女は彼女を傷つけた。


「ニセモノだと、言われたみたい」


 小春さんは笑わない。笑っているところを見たことがない。厳密に言えば綻ぶことはあるのだけれど、それは笑っているのではない。喜んでいるのではない。

 それを知っているくせに、僕は何も言えなくなってしまう。
 不意に注がれる視線の先に立つ愚鈍な僕は、彼女の求める言葉を持っていない。


「……そんなこと、ないです」


 一体何が? 自問にさえ答えられず、悲しくなった。





→小春さんと風の強い日②へ
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