Diary of Kamitsuki Rainy

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 欄干に手を添え、小春さんは鉄塔をヘリ沿いにニ、三歩足を進めた。
 僕は彼女が今にも欄干を越えて飛び降りてしまうのではないかと、気が気ではなかった。


「映画や劇の主人公は、ある程度美人でなくてはいけないの。そうでなくては観てる人に好かれない。同情してもらえない」


 紺色がかった田園を眺め、小春さんは言った。彼女の話はいつも突然、始まる。


「美人の主人公が悲劇を演じて、だからこそ『がんばれ』だとか『可哀想に』と涙してもらえるの。彼女の中身はどんなに汚れていたって構わない。どうしようもなく汚れていたって。ただ外見だけが整っていればそれで。見てくれの良い人が登場すること。それが悲劇を創る上での絶対条件だわ」


 それから小春さんはこちらへ体を向けた。長い髪が風になびくのを、耳元で押さえる。


「私はどう? 私は美人かしら」


 そんなことを自分で尋ねてしまえるのは、昭和の口裂け女かこの人くらいだ。「キレイでない」と言ってしまえば大きなハサミで口を裂かれるのかも知れないが、そんな脅しを前提にしなくたって、僕の答えは同じだろう。


「美人ですよ」

「そう。良かった」


 ちっとも良かったという顔をせず、彼女は呟いた。

 小春さんが僕の足元に座り柱に背をもたれたので、僕も取り敢えず安心して彼女にならった。

 高度何百メートルかの鉄塔の上はより風が強く、僕は肌をさする。同じ冷たさを隣の小春さんも感じているのだろうかと心配になり、横顔を覗いた。彼女はただ空だけを見ていた。いつの間にか月が出ていた。


「私が主人公で、物語が私の短い人生をなぞるなら、それは程よい悲劇になるかも知れない」


 小春さんは誰にともなく呟いた。この場合、僕になのだろうけど。


「あなたは何も訊かないのね。なぜ私が夏でも長袖を着ているのかだとか、なぜ私が家に帰りたがらないのかだとか」


 彼女の質問はいつだって不調和すぎて、僕は何を言っていいのか分からなくなってしまう。


「……どうして、帰ろうとしないんですか」
 
「今日以上に、自分を嫌いになりたくないから。つまりは明日を、始めたくないから」


 小春さんは、一切の感情を捨ててしまったように言った。

 ──自分を、嫌いに?

 彼女の帰る家に、一体何が待っているというのだろう。それが新しく迎えた義父と関係があるのか、それを詳しく尋ねることが許されるのか、愚鈍な僕には分からなかった。

 ただ無性に悲しくなってしまって、そして無性に、彼女の手を握りたくなった。


「私が死んだら、あなたは『可哀想に』と泣いてくれるのかしら」

「小春さんが死んだら……俺は『ふざけんな』って、怒ります」


 月明かりが僕たちを照らしていた。
 小春さんが初めて見せる表情をこちらに向けたので、僕は慌てて視線を逸らしてしまった。





→小春さんと風の強い日④へ
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